天然鮎が多摩川を遡上できない理由
前回、鮎について書きましたが、そんな鮎もダムや堰ができてから河口から上流に向けて遡れなくなって久しいのです。漁業組合や自然保護団体の声もあり、近年、重い腰を上げ堰には魚道が作られるようになりました。ところがその魚道は鮎のためになってはいなかったいのです。というのは魚道を作ったものの、形だけの魚道のため、実際には鮎が遡上するということが無いか少なかったからです。
そこで鮎が上流まで遡上ができるようにしようと言う試みが行われています。それは多摩川の鮎が、秋川渓谷まで遡上できるようにというものです。その取り組みをしているのが、東京都島しょ農林水産総合センターです。多摩川と言えば全長138キロメートルの大河川で東京という大都会に流れています。そこでは「多摩川へ遡上する稚アユの遡上数調査を昭和58年以降、毎年実施しています。20年度の多摩川への稚アユの遡上数は、139万尾と推定されました。過去最高の遡上数214万尾を記録した昨年には及びませんが、平成18年(127万尾)と同水準でした。これで3年連続100万尾を上回る遡上数となりました」と着実に増えており、取り組みの成果を書いています。
ここではどんな取り組みをしたかと言うと、多摩川には7つの横断堰があって、それが鮎の遡上を邪魔しているという大きな問題があります。そのため鮎が上流に辿り付けず、天然の鮎と言うものはいません。いわゆる養殖の鮎が泳いでいるのです。多摩川といえば江戸時代には将軍様に鮎を献上していたくらいで、名物だったのです。そんなきれいな多摩川だったのですが、昭和30年代になると水質が大きく変わってしまいました。それと同時に鮎もいつしか完全に多摩川から姿を消してしまったのです。そんな時代が長く続き67年から70年代に法律が変わったことで徐々に水質に変化が出てきました。
今の状態はというと、河口から12キロの放流鮎のいないところで魚を取ると、ぼら、すじエビ、うなぎ、それに鮎と様々な魚がいたそうです。鮎がいたということは養殖鮎でなく天然ということで、水質がきれいになりだしてから徐々に増えてきたというわけです。何処にいたかというともちろん東京湾の中、それもお台場(これ以外にも他にありますが)にいたのです。しかし小さな鮎が上流を目指すには人口堰が邪魔して上がれません。何と言っても高いものは高さ5メートルもあるからです。そのためそこで鮎の一生を終えるものも少なくないそうです。せっかく誕生しても河口近くの堰で一生を終えるなんて可愛そうですね。魚道があっても上れないのです。
どうして鮎が魚道を使わないかというと、鮎は流れの強いところを本流と思っているため、流れの緩やかな魚道を本流と認識できないのです。それにもかかわらず流れがほとんどないような魚道が結構あったり、それと流れがあっても1段目の段差のところにプールがなく、ジャンプできないような魚道もあるそうです。こう言う名ばかりの魚道が鮎の遡上の邪魔をしているのです。そこで鮎を捕まえ脂ビレを切ってから放流し、どこの堰で一番止っているか調べるため、釣り人に協力してもらい調べたところ、宿原の横断堰で鮎の9割が止まっていたそうです。そこでもっと上れるように上記のような不備を改修したいのですが、そうすると巨額の金がかかるため、アイデアをだし手作りで何とか代用する方法を思いつき、それで鮎が遡上できるようになったのです。
これでかなりの鮎が遡上できるようになると思われるので、多摩川で鮎の姿がますます多く見られるようになる日も近いかもしれません。そうすれば天然鮎による鮎釣の姿が見られるようになるかも知れませんね。




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